10月のある日曜日の午後、主人と奥さんは、いつものように会話を始めた。
今日は時間に追われている様子もなく、暇なひとときを二人で満喫しているようであった。
吾輩のスケジュールも、運良く今日は、空白であった。
(いつも、空白じゃないの?)
さて、二人の間で、どんな話題が飛び出してくるのかなぁ?楽しみだ!
吾輩に火の粉がかからないように祈るしかない。
今回は、主人の方から口火を切って吠えたのである。
主人:おい、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」※1っていう小説があるだろ。
しばらくの間、主人は、奥さんに小説のあらすじを話しだした。吾輩は、初めて聞く話で、お釈迦様だの、蜘蛛だの知らない言葉がいろいろ出てきて、はっきりとは理解できなかったが、段々と話に吸い込まれていった。
そして、地獄という言葉が出てきた途端に、背筋がゾオ~っとして怖くなった。
「今日は、吾輩には、とばっちりは来ないだろう」と他人事のように思っていた。ところが、突然、主人が振り向き、吾輩と目があったのだ。嫌な予感がし「ヤバイ」と思っていると、主人が吾輩の方に近づいて来たのだ。
すると、主人が、開口一番、
主人:う~ん カメ子。このままじゃお前は、地獄に落ちるかもしれないよ。
カメ子:え~っ 主人は、急に何を言いだすの?
吾輩は、突拍子もないその発言に、主人の資質を疑ったのだ。
そして、「どうして、吾輩が地獄に落ちなきゃいけないんだよ。さっぱり分からない。吾輩を心配してくれるよりも、自分のことを心配してくれよ」と思った。
ところが、主人は、それだけでは収まらなかった。
主人:お前は、小さい頃から飛んでいる子バエを食べていたなぁ。子バエがお前の目の前で、ブ~ンと飛んでいるのを見て「うるさい」といい、パクッと口の中に入れて食べていたなぁ。それを無駄な殺生と言うんだよ。
小説の中のカンダタのように、その報いで、お前は死んだら地獄に落ちるんだよ。
そして、次の言葉で、吾輩は主人からダメ出しを食らうことになったのだ。
主人:それに、お前は、蜘蛛を助けるどころか、蜘蛛を見たことがない。これからも、蜘蛛とは縁がないので、蜘蛛を助けることもない。だから、お前が地獄に落ちても、天から蜘蛛の糸が降りてくることはない。お前はずっと地獄にいることになる。
それを聞いて、吾輩の心は、凍りつき、呆然自失(ぼうぜんじしつ)になり、一点を見つめて腑抜け状態になった。
その状況を見ていた奥さんがついに言ったのだ。
奥さん:そんなにカメ子をがまっちゃ(奥豊後地方の方言:からかう)可哀想よ。カメ子が固まっているじゃないの。
すると、その一言を聞き「ハッ」とした主人は、吾輩の姿を見て、今度は真逆のことを言い出したのだ。
主人:カメ子よ。今ならお前が地獄に落ちなくてすむ方法があるぞ。それはな、(しばらく間を空けて)今のお前の態度を改めることだ。
と言ったのだ。そして、その言葉を告げた後、主人はその場から立ち去った。その夜、吾輩は「地獄」という言葉と、主人の「今ならお前が地獄に落ちなくてすむ方法がある。それは、今のお前の態度を改めることだ」という謎めいた言葉が頭から離れず、眠れなかった。
カメ子:地獄に落ちない方法って、一体何だろう?それに、「今のお前の態度を改めることだ」ってどういう意味だ。小バエを食べる以外に何か地獄に落ちるような悪いことをしているのだろうか?
暗い闇夜の中、答えが得られず、もがき苦しんでいる吾輩は、半ばあきらめ気分になってきた。そして、半ば開き直って、「明日、もう一度、主人にそこのところを聞くしかないな」と思うようになってきた。そう思ったときから、吾輩は、急に心の中の苦悶が薄れてきて、深い眠りに入ったのだ。明日、主人にその言葉の真意を問いただすことになる。何だか怖い気分である。
※1釈迦はある日の朝、極楽を散歩中に蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。カンダタは殺人や放火もした泥棒であったが、過去に一度だけ善行を成したことがあった。それは林で小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けたことだった。それを思い出した釈迦は、彼を地獄から救い出してやろうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。 暗い地獄で天から垂れて来た蜘蛛の糸を見たカンダタは、この糸を登れば地獄から出られると考え、糸につかまって昇り始めた。
ところが途中で疲れてふと下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは重みで糸が切れてしまうと思ったカンダタは、下に向かって大声で「この
蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。」「下りろ。下りろ。」と喚いた。その途端、蜘蛛の糸がカンダタの真上の部分で切れ、カンダタは再び地獄の底に堕ちてしまった。 無慈悲に自分だけ助かろうとし、結局元の地獄へ堕ちてしまったカンダタを浅ましく思ったのか、それを見ていた釈迦は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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