
この話は、今から6年前のことである。
ある日のこと、主人と奥さんが何やら深刻そうな顔で話をしていた。
吾輩は、水槽の中で甲羅干しをしながら、その話にそっと耳を傾けた。
「どうやら世間では大変なことが起きているらしい。」
主人によれば、お隣の国で新しい病気が
流行し、多くの人が感染しているという。
奥さんは、少し不安そうな声で言った。
「怖いわね。病気にかかったらどうしよう。」
さらに、
「コウモリを食べたことが原因らしいよ!」
という話まで聞こえてきた。
その瞬間、吾輩は凍りついた。
コウモリを食べる?
人間はコウモリを食べるのか?
なんという野蛮な生き物であろう。
吾輩は、急に不安になった。
もし主人たちがコウモリを食べるのなら、
そのうちカメも食べるのではないか?
そう考えると、急に主人の顔が恐ろしく見えてきた。
話が終わると、主人は何気ない様子で吾輩の方へ近づいてきた。
しかし、吾輩にとっては、何気ないという状況ではない。
いつ襲われるか分からないからである。
吾輩は、主人の目を見つめながら、じりじりと後ずさりをした。
敵に背中を見せてはならない。
いつでも応戦できるよう臨戦態勢である。
いつの間にか主人は、吾輩の中で「敵」になっていた。
主人は、水槽の前までやって来た。
「いよいよ最後か。」
吾輩は覚悟を決めた。その時である。
主人は思いもよらぬことを言った。
「おい、カメ子。お前も恐ろしい武器を持っているな。」
吾輩は、何のことだかわからず首をかしげた。
恐ろしい武器?
はたして、吾輩にそんなものがあるだろうか?
すると主人は、こう言った。
「サルモネラ菌というやつだ。」
「その菌で人間が病気になることもあるらしいぞ。」
吾輩の頭は真っ白になった。
サルモネラ菌。
初めて聞く言葉である。
主人はさらに言った。
「お前と仲良くしすぎると、わしも危ないかもしれんな。」
「水槽で踊るカメ子ダンスを近くで見ていたら、
水しぶきが顔に飛んで来る。」
「カメのサルモネラ菌で死んだ最初の日本人にはなりたくない。」
どうやら今度は、主人が吾輩を恐れているらしい。
なんとも不思議な話である。
つい先ほどまで吾輩は主人を警戒していた。
ところが今度は主人が吾輩を警戒しているのである。
一体どちらが危険なのか、よく分からなくなってきた。
主人は、続けてこう言った。
「これからは、水槽をきれいに掃除して、
水もこまめに替えよう。」
「甲羅もきれいに掃除してやるからな。」
その話を聞いているうちに、吾輩も急に不安になってきた。
サルモネラ菌というものは、水槽にもいるのか?
水の中にもいるのか?
それどころか、吾輩の甲羅にも付いているのか?
もしそうなら、その菌が吾輩の口に入ったらどうなるのだろう。
吾輩まで病気になるのではないか。
そう考えると、急に恐ろしくなってきた。
もっとも、水槽の掃除や餌やりは本来主人の仕事であるが、
最近は、奥さんに任せきりになっている
ことを、吾輩は知っている。
しかし、今回は特別である。
吾輩の健康がかかっているのだ。
主人が改心したのであれば、ここは寛大な心で
許してあげることにしよう。
吾輩は、今まで殿様気分であったが、反省したようである。
それで、吾輩は、主人の健康と長寿を願い、
いつものようにカメ子ダンスを披露することにした。
吾輩は、堂々と踊る体勢に入った。
ところが、である。
いつもなら水槽の前で嬉しそうに見ている主人が、
なぜか少し離れた場所に立っている。
しかも、こちらへ近寄ろうとしない。
その姿を見た瞬間、吾輩の頭からはコウモリを食べる人間の恐怖など、
すっかり消え去っていた。
人間もまた、なかなか臆病な生き物なのかもしれない。
そんなことを考えながら、吾輩は一人、静かに踊り続けたのであった。
読者の皆様へ
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ブログの楽しさに加え、
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