我が家では、主人が一番早く、その次に奥さん、吾輩、カメ輔の順に目覚める。
「よっしゃ、ついにその時が来たな」と思い、吾輩は意を決し、主人のいる方向に近づいて行った。
水槽の上に見える主人の姿が、段々と大きくなってきた。そして、主人は、吾輩にようやく気付いたようだ。
「今がチャンスだ。(顎を擦り合わせて)カリッ、カリッ、カリッ、~」吾輩は、主人に対して言いたいことをカメ語で、思いの丈(たけ)ぶつけた。すると、主人は、吾輩の姿を見て「えっ」と驚いた後、いつもの、おっとりした調子で喋ったのだ。
主人:おい、カメ子。いったい、どうしたんだ。こっちをじっと見つめているなんて、珍しいじゃないか。いつもは疑うような目つきで、ワシを見上げているのに。それに、何か言っているのか?
お腹が減ったのか?水替えをして欲しいのか?ちょっと、待てよ。お前、昨夜一睡もしていないように、目が充血して真っ赤じゃないか?
それを聞き、吾輩は、予想していたとおり、我が意に介さない主人に呆れてしまい、その後の言葉が出なかった。すると、奥さんが、吾輩の代わりに吠えてくれたのだ。
奥さん:貴方って、本当にカメ子の気持ちがわかってないのね。一睡も眠れず、カメ子の目を充血させたのは、あなたのせいよ。貴方は昨日、カメ子に対して何を言ったのか覚えているの?「今ならお前が地獄に落ちなくてすむ方法がある。それは、今のお前の態度を改めることだ」と言ったわね。カメ子はその「地獄に落ちる」という言葉が本当にショックだったのよ。
吾輩は、「奥さんヤレヤレー、吾輩の思いをもっと言ってくれ。」と心の中で叫び応援した。
すると、それを聞いた主人は、一瞬、顔色が変わったが、その後は、それを予測していたかのように、淡々と語った。
主人:あっ。そうだったな。でも、お前がそんなに、深刻に悩んでいたなんて知らなかったよ。ちょっと、大げさに言ってしまったな~ご免よ。そして、そのことだけど、今のままで良いよ。お前が地獄へ落ちることはないよ。
吾輩は、一番気になっていた、「地獄に落ちる」という心配事が、いとも簡単に解決できたことに驚き、張り詰めていた糸が一気に切れてしまった。ところが、主人の言葉はそれだけでは終わらず、二の次だと思っていた「お前の態度を改めること」の方が問題になってきたのだ。
主人:最近、お前がワシに対して何か、不信を抱いているように見えるんだ。お前は、何か欲しい食べ物や、して欲しいことがある時は、"おねだり目"をしてワシの方を真っ直ぐに見る。ただ、それ以外の時に、ワシがお前の方をじっと見ていると、お前は、ワシを真っ直ぐにみないで、横から疑うような目をして、ワシを見ている。そして、ワシがちょっとでもお前に近づこうものなら、後ずさりをし、向きを反転させて、背後の水槽に向かって走り出し、最後は水槽の壁を這い上がろうとする。今は、こんなことが以前と比べて多くなった。
もしかして、うちの奥さんが言うように、おいしい食べ物を与えてくれる「餌やりオジサン」は餌を食べ終えた後は、ただの「用なしオジサン」となって、その場を逃げ出すのか?
それに、ワシがお前に食べ物を与えた後、以前は、お礼のダンスを、披露してくれたなぁ。
しかし、今は、カメ子ダンスは、ほとんどしてくれない。
こんな態度をみていると、どうも心配でならない。
「う~ん」吾輩は、主人の話しの内容に付いて行けず頭の中が混乱して、思考停止に陥ってしまったのだ。
そして、頭の中を整理し自分なりに過去の行動を振り返ってみることにした。
以前、吾輩は、主人のことを「用なしオジサン」と思っていた。しかし、今は、主人に対して「餌やりオジサン」や、「用なしオジサン」とは決して思わないようにしようと思っている。
でも、主人の目にそういうふうに映っていたのは、どこか吾輩の心の片隅に、まだ、そんな気持ちが残っているので態度に出たのかもしれない。
そして最近、主人には、カメ子ダンスも披露していない。
それもこれも、食事や水替えをしてくれる主人や奥さんに対して、感謝の気持ちが薄らいできて横着になっていたのかもしれない。
吾輩にも責任があるので、反省しなくてはいけないと思った。
うつむいて反省している吾輩を見て、主人は、そっと、その場を立ち去った。
そして、どうして、主人が「蜘蛛の糸」の話をしてくれたのか、その理由を考えてみた。
きっと、主人は、「地獄に落ちなくてすむ方法」を伝授するのではなく、「今の吾輩の態度を改めてたかったのだろう」という結論が出た。しかも、奥さんまでがグルになっていたなんて・・・。
吾輩は見事に、二人にはめられてしまった。
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