第１２８話　プロポーズ - カメのひとりごと

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　吾輩は、苦節９年、ようやく水槽の壁を越えることができるようになり、自宅のリビングルームを見渡すことができるようになった。^※１

そして、最初に吾輩の目に飛び込んできたのは、しかめっ面をしてパソコンと睨めっこをしている主人の姿であった。眉間にしわを寄せ、今日は、一段と凄みがある。

しばらく主人の様子を見ていると、突然、悲鳴に近い声で、「なにっ」という声が発せられた。

そして、主人は、「出た。出た。そうだったのか」と、意味不明なことを言うと突然、吾輩のいる水槽に近づいて来たのである。

「おい、カメ子。お前と俺は良き友達だよなぁ。それに、お前はカメ子という、紛らわしい名前ではあるが、れっきとした男だぞ。俺には愛する妻がいる。だから、お前からのプロポーズを受けることはできない。しかも、俺は人間で、お前はカメだぞ」と変なことを言い出したのである。

「何が出たのか？」おそらく、主人は、インターネットの中の何かを見て、びっくり仰天したのであろう。

しばらくして、ようやく心が落ち着いたのか、主人は静かに話し始めた。

主人：以前、お前は俺の目の前まで近寄ってきて、右腕をクルクル回して何か言いたそうな顔をしていたことがあったなぁ。^※２その時、なにげなく、俺はそのお返しとして、お前の仕草を真似して、左腕を回した。すると、今度は、お前が左腕を回してきた。そして、俺は右腕を回した。その時、俺は確信したよ。カメ子は、俺に何かを話そうしていると・・・。そして、人間とカメの間でも、心が通じ合えたことを実感した。

ところが、さっきSNSの動画を見ていると、２人の二ホンイシガメが向かい合って、一方のニホンイシガメが右腕をクルクル回しているではないか。

そして、もう１人のニホンイシガメがそれに呼応して左腕を回している。俺の時と同じことをしていた。そして、そのコメントには、「ニホンイシガメは、求愛と威嚇をする時、このような行動をとる」と書いてあった。わしは、何だか良くわからなくなった。

吾輩は、それを聞き、主人のとんでもない発言の真意が次第にわかってきた。

カメ子：（ちょっと、上から目線で）う～ん。主人も随分前の出来事を良く覚えているなぁ！と感心した。

ああ、主人がそんな気持ちになることも無理はない。あの時、吾輩と主人は、初めて見た異生物同士でも、心が通じ合ったね。

主人は、人類史上初めて（ちょっと大袈裟かな？）、カメの能力の凄さに気づいてくれた人間なのだ。それは、言うまでもなく、あの腕を回す仕草だ。あれは、人間でいうカメの「手話」にあたるんだよ。SNSの動画では、おそらく、一人のニホンイシガメがもう一人のニホンイシガメに向かって、手話を使って求愛をしたり、威嚇したりしていたのであろう。一方、吾輩が初めて主人と手話で交わしたあの時の会話は、「御主人様、僕の言っていることがわかるの？」だったと思うよ。あ～ちょっと、難しいな～このことを主人にどのように説明して、理解してもらおうかなぁ？

主人には、複雑なカメの手話を解読できっこないだろうし、ああ、困ったなぁ。

吾輩が、主人の顔を見ながら落ち込んでいると、突然、奥さんが、二人の会話に入ってきて、びっくり仰天するような発言をし、痛烈な援護射撃をしてくれたのである。

奥さん：「俺には愛する妻がいる。だから、お前のプロポーズを受けることはできない」なんて、あなたは、いつもながら、訳のわからないこと言っているわね。

実を言うと、私もカメ子から「腕回し」をしてもらったことがあるのよ。

この一撃に、吾輩は、心の中で、「青天の霹靂だ。奥さん、よくぞ、言ってくれた」と叫んだ。これを聞いた主人も即座に、奥さんの言葉に反応した。

主人：え～そうだったのか。わしだけじゃなかったんだ。

ああ～ひとりで悩まなくて良かった。カメ子は、皆に恋をしているんだ。

それに、これで、カメ子と気まずい関係にならなくて良かった。

カメ子：本当の吾輩の気持ちは、誰もわかってくれない。

　　　　ああ～ダメだこりゃ

　　　　　　　
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