カメのひとりごと

ニホンイシガメのカメ子が、カメ目線でとらえた人間社会をおもしろおかしく書いています。

第207話 別腹

 

これは、今から七年ほど前の話である。
当時の吾輩は七つ、カメ輔はまだ二つで、市販の餌以外を、ほとんど口にしたことがなかった。

一般に、亀は十一月頃になると寒さのため食が細くなると言われている。
物知り顔の人間に言わせれば、
「亀は変温動物で、気温が下がると代謝が落ちて、食欲も減る」
などと、いかにももっともらしい理屈を並べる。

だが、あの年の吾輩は、少し事情が違っていた。
十月の半ば頃から、どうにも食欲がわかなくなってきたのである。

理由は主人には内緒にしておきたいが、実を言えば、市販の餌に飽きてきたのである。
七つの子亀なりに、味覚というものが芽生え始めたのである。

さて、ある日の夕餉の刻。
隣を見ると、カメ輔は相変わらず、何の疑いもなく市販の餌をパクパクと食べている。
二つという年頃は、幸せなものである。

主人は続いて、吾輩にもスプーンで餌を差し出してきた。
吾輩は心の中で、
「カメ輔と同じ物を食べさせるでない‼」
と叫びつつ、嫌々それを口に運んだ。

その様子を見て、主人は言った。
「もうそろそろ寒くなってきたから、食べなくなったんだなあ」

それを聞いた吾輩は、内心、「しめしめ」と思った。

案の定、主人は冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出し、ピンセットに挟んで吾輩の前に差し出した。
ふわりと、何とも言えぬ良い匂いが鼻をくすぐる。

吾輩は念のため、毒が入っていないかどうか?と匂いを嗅ぎ、一気にかぶりついた。
ああ、うまい。実にうまい。
飲み込む時間さえ惜しく、口いっぱいに頬張ったまま、次をねだったほどである。

それを見ていた主人は、苦笑しながら言った。
「寒くて食欲がないのかと思っていたらが、カメ子は、子どもなりの悪知恵をはたらかせたな!」

吾輩は、
「しまった。ばれたか」と思ったが、主人は続けた。

「人間だって毎日同じ食べ物じゃ飽きる。カメ子、わしが悪かった。これからは、時々うまいものを食べさせてやるからなぁ」

ここで吾輩は、主人に一つ、忠告しておきたい。

当時のカメ輔は、まだ二つ。
市販の餌しか知らず、未知の食べ物には強い警戒心を示していた。
だが、一度でも人間の食べ物の味を覚えてしまえば、きっと市販の餌には見向きもしなくなるだろう。

人間の食べ物は、確かにおいしい。
しかし、亀の体には良くないものも多い。
それでも一度覚えた味は、なかなか忘れられず、つい口が出てしまう。

吾輩自身も、カメ輔と同じ年頃のころは、
世の中にこれほどおいしい物があるとは知らなかったし、食べてもいなかった。

主人よ、どうか、カメ輔には同じ過ちを繰り返させないでほしい。

・・・と、ここまでは、いかにも兄らしいことを書いてきたが、
今になって白状すれば、
あの頃の吾輩は、ただ分け前を守りたかっただけの、七つの子亀であった。

カメ輔が美味なるものを語るには、まだ十年早い。
おととい来やがれ。

 

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