カメのひとりごと

ニホンイシガメのカメ子が、カメ目線でとらえた人間社会をおもしろおかしく書いています。

第199話 花見と鳩とテレパシー 

 

 春というものは、妙に人の心を浮き立たせる。桜が咲いたとなれば、老いも若きも弁当を抱え、公園へ繰り出すのがこの国の慣わしである。

さて、吾輩―否、私はカメ子という名の亀である。名前からして女性のようだが、れっきとした雄である。名前の由来は聞かないでいただきたい。人間の命名というものは時に、性別より語呂を重んずるのだから。

その日、私は期待していた。なにしろ三年ぶりの花見である。しかも、主人と奥さんは、我々―すなわち吾輩と弟分のカメ輔を連れて行くと約束してくれたのだ。が、期待というものは往々にして裏切られる。

「すまんのう、カメ子。ほんとは連れて行きたかったのじゃが、なにせ嫁が弁当まで用意してくれてな……」

その声が、何とはなしに哀れを帯びていたので、吾輩はそれ以上責めるのをやめた。人間というものは、罪悪感に弱い生き物である。

主人と奥方は、いつもの近所のスポーツ公園へ出かけた。桜並木の下で、あられや卵焼きを頬張りながら、老夫婦が語らう姿を想像するだけで、私の甲羅は少し温まった。

ところが、その時である。私の頭に微かな“ざわり”が走った。これは俗に言うテレパシーというもので、私ども高等爬虫類にとっては、携帯電話より便利な通信手段である。

「お前は、いったい今、どこにいるんだ? 主人と奥さんは、ここにいるぞ」

声の主は、鳩吉で、羽毛がある通信士とも言うべき鳩である。次いで、スズ吉―軽業師のような雀からも信号が飛んできた。

私はすぐに事情を説明し、二羽に対し平謝りした。「すまぬ、主人にドタキャンされたのだ」と。すると、彼らは黙って飛び去っていった。

数刻の後、主人たちは帰宅した。主人が私の前に腰を下ろし、桜吹雪の名残を肩に乗せながら語った。

「今日、不思議なことがあってな。公園で一羽の鳩が、えらく近づいてきたんじゃ。あいつら、いつも群れで行動するのに、今日は、たった一人で近づいて来た。そして、突然飛び去って行った。そのあと、今度はスズメが近づいて来たんじゃが、これもまた、しばらく近くにいて、急に飛び去っていったんじゃ」

吾輩はうなずき、ついに口を開いた。

「それは、鳩吉とスズ吉です。吾輩が花見に行けなくなったことを、彼らに連絡もせずにいたのです。すると、彼らがテレパシーを送ってきて……吾輩は、ただただ謝るしかなかったのです」

主人は、吾輩の甲羅に手を置き、しみじみとこう言った。

「テレパシーとは……便利なもんじゃな。人間にも使えたらええのにな」

すると、その場にいた博学のカメ輔が、どこからか声を発した。

「本来、昔は人間にもその力はあったのです。しかし、自らの理性を過信した結果、見えぬ声を切り捨て、機械に頼るようになったのです」

主人は目を丸くして驚いていた。吾輩も少し首を甲羅に引っ込めた。

「我々は、物体とも通じ合えます。石にも、葉にも、虫にも。そして、その速度たるや光速以上―すなわち、“念”の速度です。ただし、この力には二つの条件があります。

一つ、相手との信頼がなければ、情報は届かぬ。二つ、受け手に理解力がなければ、意味をなさぬ。たとえば、日米関税交渉の場に飾られた花が、議論の意義を理解せねば、そこから先には伝わらぬのです」

主人と吾輩は、思わず見つめ合った。なるほど、テレパシーというものは、便利であると同時に、誠に奥が深い。

しばしの静寂ののち、主人はにこりと笑った。

「すまんのう、カメ子、カメ輔。お前たちのために用意したウインナーと卵焼きは、ちゃんと取っといたからな」

そう言って、包みを開いた。そこには、春の光を受けて少し表面が乾きかけた卵焼きと、ふた切れのウインナーが並んでいた。

吾輩は、じんわりと目を細めた。春の日差しよりも温かな、主人の心がそこにはあった。

 

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