今日、主人と奥さんは、早めに就寝することにした。
吾輩は、心地良く熟睡ができると期待していたのであるが、どうも寝つきが悪い。
また、何か変なことが起こるような予感がしてきた。
すると、白いモヤの向こう側に、どこか見覚えがあるような黒いシルエットが浮かび上がってきた。そして、しばらくするとその黒いシルエットの方から声が聞こえてきた。
黒いシルエット:カメ子。久しぶりだなぁ。しばらく見ないうちに随分立派になったなぁ~
吾輩は、どこの誰だかわからぬ者から呼び捨てにされ、一瞬ムカッとした。でも、その声はどこかで聞いたことがあるような声であった。
そして、吾輩が「この人、誰?」と、頭を傾げていると、再び黒いシルエットから、びっくりするような発言が飛び出してきたのである。
黒いシルエット:僕だよ。カメ吉だよ。兄弟のカメ吉だよ。
黒いシルエット:僕だよ。カメ吉だよ。兄弟のカメ吉だよ。もう忘れちゃったの?
すると、吾輩は、しばらくしてから気が付いた。
カメ子:お~カメ吉か。びっくりしたよ。久しぶりだなぁ。でも、いったいどうしたの?
カメ吉は確か、死んだはずだし、今日は、どうしてここに現れたの?
すると、カメ吉は答えた。
カメ吉:どうして、ここに現れたって?だって、先日、カメ子兄ちゃんが僕のことを心の中に、思い浮かべてくれたじゃないか。だから、僕は、あの世からはせ参じて来たんだ。それに、カメ子と別れた後の積る話もしたかったし、近々、お彼岸があるからね。僕のお墓お参りも忘れないように言いに来たんだ。ところで、カメ子兄ちゃんは、ご活躍のようだね。僕のいる世界でも、ちらほら伝わってくるよ。
本を出版し、モデルにもなっているそうだね!
兄弟として誇らしいよ。
ところで、僕は、早く死んじまって無念だが、これからカメ子兄ちゃんが幸せに生きてゆくために言っておきたいことがあるんだ。
があるんだ。
それは、主人と奥さんとは、仲良くしておいた方が良いということだよ。
他のカメと接するよりふたりと接する時間は、はるかに多いし、食べることや水換えもやってもらっているからね。
主人は、とても優しい人だけれど、ちょっとぬけているところがあるので、フォローしてあげてね!
奥さんは、きつい性格のように思われているけれど、ああ見えて、とても優しい心の持ち主だから萎縮しないでね。
僕に異変が起きた時も、奥さんが泣きながら主人に電話していたみたいだし・・・。
それに、カメ輔は、カメ子兄ちゃんが思っている以上にしっかりしているよ。もうちょっと、信用してあげてね。
吾輩は、突然、死んだカメ吉が現れ、頭が混乱してしまい、カメ吉の言っていることが半分しか理解できなかった。
しばらくして、吾輩は、頭を整理し言った。
カメ子:あっ、そう言えば、あの時※1
のことが頭の中に浮かんできた。
カメ吉は、吾輩の命の恩人だ※2。
吾輩が、まだ小さかった頃、水槽のエアレーションのコードが首に絡まって溺れそうになっていた時、カメ吉が大きな声
で、「ピーピー」と泣き叫んで、奥さんを呼び、吾輩を助けてくれたことがあった。
ところが、そのお礼を言う暇もなく、突然死んでしまった。吾輩は悔しかった。だから、その時から、一度で良いから、お前にお礼を言いたいと思っていたんだ。
それを聞き、カメ吉は言った。
カメ吉:それだよ。その想いが僕の心に響いてきたんだ。
あの世は、この世と違って、時間が止まっている。
例えると、夢の中にいるようなもので、あの世は時間という概念がないから、友達を作る時間もなく、いつもひとりぼっちの世界なんだ。
それに、他の者と接する機会が少ないので、たまに来るこの世からの便りが非常に楽しみなんだ。
だから、あの時カメ子兄ちゃんからの便りは嬉しかったよ。
吾輩は、カメ吉が何を言っているのか、段々とわかってきた。とその時、カメ吉は、辺りを見渡し、再び叫んだ。
カメ吉:あっ~いけない。うっかりしゃべり過ぎた。この世には時間というものがあったなぁ。すっかり忘れていたよ。辺りが白々しくなってきたので、そろそろ、この辺でおいとまするよ。
あの世の掟(おきて)で、あの世のことをむやみにしゃべってはいけないと閻魔様から言われているんだ。
じゃ、また。ときどき、僕のことを思い出して、この世に呼んでね。
と言うや、カメ吉の姿が段々と薄くなり、ついには白いモヤの中に消えてしまったのである。
そして、白いモヤの向こう側から、いつもの水槽の青い壁が見えてきたのである。
吾輩は、いつものように水槽の中で寝ていた。どうも、夢を見ていたらしい。だとすると、カメ吉は、吾輩が作り出した、夢だったのか?それにしても。カメ吉はリアルだったな~
吾輩は、しばらく自問自答した後、あることに気が付いた。「カメ吉は、どうして、自分が死んだ後、この家に来たカメ輔のことを知っているんだろう?なぜ、奥さんが主人に泣きながら電話したことも知っているのだろう?
もしかして、あの世から来た本物のカメ吉だったかもしれない。でも、どうして、カメ吉が、こんなにたくさんのこの世のことを知っているんだろう?待てよ。カメ吉があの時、言っていた。「先日、カメ子は僕のことを心の中で、思い浮かべたじゃない。だから、僕は、あの世からはせ参じて来たんだ」だとすると、吾輩がカメ吉のことを、時々、
思い出していた時、カメ吉がこの世を覗いていたかもしれない。こりゃ、吾輩のプライベートもあったもんじゃない。丸裸だ。そして、最後に吾輩はカメ吉に誓った。
カメ吉は、あの世でひとりぼっちで寂しかったに違いない。だったら、ちょくちょく、吾輩がカメ吉のことを思い出して、この世に呼んでやろう。そうすることで 恩あるカメ吉に対して、今度は、吾輩が恩返しをする番だ。
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※1:第124話【ペットロス症候群】に掲載
※2:第2話【生い立ち2】に掲載